奈良 旅とくらしの玉手箱 フルコト
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■ きたまちエレジー ~ファミリーレストラン泰仙~
2012年 02月 22日 |
きたまちエレジーとはおばばが昔を懐かしんで
「ここはねぇ、昔こんなんがあったんだよぅおばちゃんが子供の頃はね…」と
突然語りだして止まらないだけのコーナーです。

しかもおばちゃんなんで、記憶が少々あやふやです。
おいおいそこにはそんなのなかったよ的な間違いしてたら、
ぜひどうか突っ込んでくださいね。
きたまちの昔話を語り合いましょう。

さて

むかしむかしの子供の頃私はきたまちの半田というところに住んでいた。
お買いものは大門市場へ行き 季節の変わり湯の時には勇湯へ行った。
そんな私をしのぶさんは「きたまちエリート」だと言った。

さて本題のファミレスのはなし。

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子供の頃のたまの外食は、ほとんどが
今小路にかつて存在した
~ファミリーレストラン泰仙~でするのがお決まりだった。

そう きたまちにファミレスがあったんですよ!

まぁ
看板には「ファミリーレストラン」とはっきり書かれていたものの
ただの、普通~~~の、中華料理屋さんだった。

そう きたまちにはやっぱりファミレスはなかったんですよ!

しかもウェイトレスの娘さんは愛想が最高に悪かった覚えがある。

いや、悪かった…ていうか、愛想というものがなかった。
けだるそうに水を置き、
けだるそうに注文を聞き
けだるそうにラーメンを運んでくるのだった。

お店の一番大きい回転テーブルでは
いつも母と娘さんが餃子を包んでいた。
手際よくリズミカルに上手に餃子を包む
その様がすごく楽しそうで、少し、あこがれた。

お父さんと息子さんは注文が無い時は
高い台に置いてあるテレビを
いつも口をあけて見上げていた。

プロ野球の試合なんかをやっている時は
贔屓チームのミスを
「なにやっとんねん!!」と
客がいるのもおかまいなしに叫び
「いまのはないよなぁ」「なぁ!?」と親子で会話する。
まったくお茶の間ムードまるだしな店であった。

だけどその騒がしさがまた
家族みんなでの外食の嬉しさも相俟って
いい思い出として覚えている。

「あの店堂々と『ファミリーレストラン』て書いてましたよね…」
とシノブさんに言うと
「あれはきっとファミリーでやってたレストランだからよ!」とのたもうた。
それだ。そうなるとあれ以上のファミリーレストランは無い。

今でもあったら
フルコトの行きかえりに寄ったのにな。
残念ながら今は無い。

ラーメンの味は普通だった。
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